今日もイタリアの人とほぼ1日中やり取りしていた。

ほんまに、お喋りが好きな人達なんだなぁと(・・;)







だって、ことの発端になった彼らの友達は、
私のこと、きっと今、大っ嫌いで過ごしている。 

だけど、味方のはずの彼らが全く気にしていない。汗







自分の物差しで、何事も計っちゃだめだね ヽ(´o`; 







タイトルなんだけど、

ある小学校で働いた時、私はイライラするのを、
『Give up』したことがある。







10人以上の子が授業中に立ち歩く、
学級崩壊のクラスに、学期の途中に何も知らずに、

就任させられた時だ。(担任の先生が飛んだ後)







若かったし、
なんとかクラスをコントロールしようと、

初めの1週間は、目ぼしい子達を叱って回った。 







けれど、

ある日、運動場へ駆け出して行った問題児に、
大声で叫んだ途端、耳の鼓膜が破れて、

プツンと、何かの糸が切れた。






 
追記すると、激務な勤務状況の上に、
管理職の怠惰で(書類を回すのをめんどくさがった)

給料が予定より2ヶ月過ぎても、振り込まれなかった。







今は、事務方もしっかりし始めているけれど、

その時は、何度電話しても、たらい回しにされて、
『明日の9時〜17時にもう1度かけ直して下さい。』

の連続だった。







『テメェらが言う、9時〜17時は這いずり回ってんじゃ、
ボケェええ!!』

と電話口に向かって、叫んだかもしれない。記憶無し。







もとい、2週間目に入って、
私は子供達をコントロールしようとするのをやめた。 

『無理なもんは、無理や。できへんもんは、できん。』







寄ってくる子の話を聞いてあげたり、
授業をなんとか最後まで終わらせることだけに、
集中した。

かなり、冷めた顔をして過ごしていたと思う。







何が、どう変化したのか、事態は好転した。







その時だって、今だって、
はっきりした理由なんて分からない。

『人が大勢』絡むことなんて、把握できない。
いや、そりゃあるよ、把握できるレベルの世界も。







新卒から、ずーっと教師をしていた同級生が、
電話してきたことがある。

『俺さぁ、今年、もう15年目やねん。』
『自分は力量のある教師やって思ってた。』







『Keipakasanが前に言ってた、』
『コントロールできないクラスの話、』

『ベテランになってるのに、今、俺その状況』







『登場人物や舞台が変わったら、』

『思ったようになんて、いかへんもんやな。』と。







鼓膜破れ事件は、多分、27、8の頃だったと思う。

あの頃を境に、人や環境に期待しなくなった。







私と同年代の人でも、
まだ、女性では周りに期待している人がいるので、

かなり、恵まれた経験だけして生きてきたんだな、
とお姫様を見るような感じで見てしまう。







でも、悪いことだけじゃない。

『あぁ、悪い状況やなぁ、と思ってるけど、』
『そこも、どうなるかも分からんしな。』と、思ってる。

今回のイタリアの人達の1件は、こっち。







今より、もっともっと肩の力抜いて、

流れていく方に身を任せ気味で、シバシたゆたおうと思う。