日曜日の夕方、これから空手の稽古に向かう。







稽古でよくお会いしていた黒帯の方から、

「審査会に向けて、何を練習したらいいか分からないと思うし、」
「練習に付き合いますよ。」 と言って頂く。







指導料を払うわけでもないのに、ありがたいことです。

お言葉に甘えて、行ってきます







もとい、タイトルなのですが、

私はかなり『個人主義』に憧れて生きてきたと思う。







でも、やっぱり人と群れているのが好きだ。
(群れるという言葉が、そもそも良くないよね

特に、何か『間に挟んで』の集まりが心地よくてお気に入り。







若い頃、MIXIで幹事をしていたとき、

『飲み会を開いて下さい。』『食べ会を開いて下さい。』

という要望を頂くことがあったんだけど、(特に男性から
“飲み会・食べ会メイン”の集まりというのは作らなかった。







いっそ、

『新しい出会いを提供しますよ!ここは恋愛相談所ですよ!』
という趣旨なら、それも一興かなと思うんだけど、

その当時は、あまり恋愛に興味がなかった。
不思議なもので、需要のある若い頃には、興味がないものですね







たまたま、私は“スポーツチャンバラ”というスポーツを間に挟んで、
コミュニティーを作ることにしたんだけど、

今なら、“仕事”でも同義に感じる。







育った環境も、持っている傷も、信条も、経歴も、

何もかもお互いに分からない人たちが集まるとき、
『ただ喋る』というのは危険だと私は思っている。

日本人は、コミュニケーション能力が高い民族ではないと思うのです。
「察して」が機能するのは、既存の人間関係だけなので。







そう、スポーツチャンバラ。

楽しかったですよ。トーナメント戦にして、審判の人も呼んで。
その当時、私のコミュニティーを見て、

関東や沖縄からもトランクを引っ張って、来てくれた人もいました。







目的を持ったコミュニティーって、ルールもできてくるし、
上下関係があったり、めんどくさくなってくるでしょ。

でも、「単発の食べ会」より、
やっぱり自分の強い味方になるんじゃないかなって思う。







年を取ってくるとさ、
人間って、そんなに強くないでしょ。

老人会で
【ちゃんと周りに馴染めるおじいちゃん】の方が得だと思うんだ。笑







今なら、35歳以上限定とかなら、
恋愛成就に向けての集まりもありかなと思う。私、幹事するよ

みんな、それぞれ弱さも認めて、今までの傷も含めて、
同じ方向いて頑張れそうだもんね。

そういうコミュニティーでも、もう1つ何か間に挟みたいけど。







うわ、もう行かなくちゃ、空手っ!笑