★どん底からは回復しました★

ほとんど鬱一歩手前というところからは、漸くぬけました。(ほっ😮‍💨)

自分には欠点がいっぱいあるんですが、長所の方の1つに『試行錯誤して、メンタルを回復させられる力=レリジエンス力』があります。







私より上の世代の方達は、転職したり離婚したり、何かを途中で止めること自体が『軟弱』と教えられてきました。でも、もう既に私の世代やその下では、「失敗したり凹んだ後、回復できるかどうかの方が大事」という風に価値観が変わっています。

ブログ主は、その点ではなんとか、いつも拗らせることなく回復していく方かなと思います😅







色々と動いた中で回復を促したものもあるのですが、今回も『本の力』が強かったです。自分の病のことで葛藤があった、子供時代や若い頃も本に大きく助けられました。

世の中には「パァ〜と酒でも飲んで、歌って踊って愚痴ろうか❗️」みたいな発散方法が合う人もいると思うんですけれど、私の場合は、固まって活字読んでいるのが、最終的には1番効きます💦







リリアナ・セグレさんという、アウシュビッツから生還されたイタリア女性の、最後のスピーチを訳した本が胸を打ちました。

奴隷としての生活の内容などは、色々と他の書物でもネット上でも読むことができると思うのですが、そうではなくて、後日のインタビュー談にハッとなりました。







「悲惨な生活のなか、それでも皆んな生きようとした。そこにあった高圧電流に触れれば、簡単に自◯できるのに、ほとんどの人は生き延びることに必死になった。」というようなことを言われていたのが、書かれてあります。

他人の人生と自分の人生は、もちろん違う。私の状況は、生ぬるいところでユックリユックリ悪い方へ落ちてゆくような、そんな苦しさ。でも、やっぱり人の一生という意味では、同じじゃないかなと思ったんです。







何って、「生きてりゃ、何か次に起こるさ。」ということ。もうちょっと、しぶとくココにいようと思います。

読者の皆様の中にも、孤独かなぁ、悩みがずっと解消されないなぁという方がいても、私と一緒にココにいてください。たまに、文章を読みにきてくださったら、それで嬉しいです。



★辛いことがあるたびに、考え方を変える★

自分が好きになれる人(で、相手も自分を好きになる人)
が現れないということは、辛いこと。

そんな中で現れた相手だったのに、また酷い終わり方をする。







落ち込むに決まっている。

若い頃のように、すぐにまた楽しいことがやってくるわけでもない。すぐにまた恋がやってくるんだったら、それほど精神力が高くなくても、乗り越えていけるだろう。







私は今回、どんな風に考え方を変えていけばいいんだろう。







ところでこの週末、東京に夜遊びに行っていた。

あぁ素敵という男性と踊った。彼女ではなさそうだったけれど、一緒に来ていた女性に嫉妬で怒られていた💧私が原因なのではなく、その男性は、色んな女性を誘って踊っていたからだ。







ただ、パッと見の素敵は結局『外見』でしょ。







服装を綺麗にしたり、みんなが見える場所に出たり、話しかけたり。それなりの積極性は必要だけれど、恋愛市場において、男も女も外見でエラく格差が現れるもんだ💧

だから、話しこんで時間をかけて、人を好きになりたい。







話はあっちへこっちへなのですが、皇居の公園に初めて入った。広大な敷地と手入れされた自然、背景に近代的なビル。 ふぅ〜っと、心が安らぐ場所で芝生の上に座った。

男性と接しないと、恋愛には結び付かないんだけれど、私は今『人間』としか接したくない。







肌を出すような格好をして、触れたいという態度をされたり、優しくされたり。昨日も、どなたかだったか『かわいい』と言ってもらえたのだけれど、女性としての肯定感や自信は上がっても、それが何に繋がるのか分からない。

人間は老衰で死ぬのが1番、苦しまないし、周りに影響も与えないらしい。長いなぁ、人生って長い。。



 

★勇気の話★

この間から、立て続けに年上のお友達たちに会っている。彼女たちは、大きな子供がいるので「うちの子を見ていても思うんだけれど、今の子って、めんどくさがったり怖がったりして、色々と動かないよね💧」とおっしゃっている。

いつの時代も『今時の若者は〜』という話はあるとして、彼女たちの話の傾向は大いにあると思う。







高校で働いていて、どのレベルの学校に行っても、【昭和ヤンキー】のような手を焼かせる生徒はあまりいない。校内暴力全盛期の頃に比べれば、とてもお行儀のいい生徒たち。

そして、今の若い人たちは年配の方に比べて、公共の場所でも順番を待ったり、他人の領域に土足で踏み込んだりせず境界を守ったり、良いところも多い。







けれども、やはり動かない。本当に動かない😅小さなことで怖がったりもする。周りの顔色も、とても伺う。







ところで、そんな中にも、もちろん“勇気のある人”は一定数いる。授業中、教科書にある問題を生徒に当てていたら、2人ペアにしても、彼らが一向に答えを黒板に書きにこないことがあった。机間巡回をしてみたら、教科書レベルなので、もちろん正解している生徒もたくさんいる。

その人達にあて直そうかと迷ったのだけれど、そういうことばかりやっていると『あ、かたまっていたら、私たちはあたらないで済む。』というメンバーがつられて出てきてしまう💧







ちなみにその時、あてていたのは、男の子と女の子。どちらもシャイというわけではないので、相談することもできるのだけれど(雑談などは、よくしている2人だ。)、書きに行かないでおこうという決意に似た雰囲気で、どちらも黙っている。

心情としては「答えに自信がない。間違えたことを書くのは、格好悪いよね、嫌だよね。」という感じだと思う。 







その時だ、1人の男の子が自分のノートを持って立ち上がって、前までやってきた。

「先生、僕、自信ないっすけど、やってみますわ。」と。







特に数学が得意というわけではない生徒で、結果は2箇所もミスがあった。でも、そんなことはどうでもいいと思いますよね。彼は、本当にすごいと思う👏✨

後で担任の先生に、そのクラスでの人間関係のようなものを聞いてみたのだけれど、当てられた2人に彼が義理があるとかどうとかではなく、その子がそういう性格というだけだった。







ところで、ネットの話なんですけれど、雑談サイトから人と話すのを一切やめようと思っている。10年ほど前も、もちろん「ネット弁慶」のような人はいて、思いっきり嘘をついて人物像を作り上げていたり、ネットだから強気な感じで話したり、暴言を吐くような人もいた。

でも、ここ数年、違うことで困っている。どの人とも(特に若い男性)穏やかに話し終わる。あぁ、普通に通話したなと思っていたら、向こうは何かの話で「コンプレックスに触れていたり」「言われたくないことを言われていた」のか、 私のIDをネット上に晒したりする。







一度は、エロ募集の投稿をされていて、エロ男性達から、続々とメッセージがきて困った。そして、ここ数日は、ワン切りが数時間ごとにやってくる。「連絡先から」と通知がいっているので、以前追加したことのある人の誰かで間違いない。

この話を、掲示板の中で出会った人の中でも、まともそうな人達に話すと「私も晒されたことあります」「僕も晒されたことあります」と、その掲示板をよく使う人は、ほとんどの人が被害にあっている。







何が言いたいかというと、突然怒りが湧いた彼らは、かなり大きなことで怒っているというのではなく、普通の人が普通に話す内容でも、ほとんどのことが地雷だということです。

でも、怖がりだから話している最中に指摘することもできず、『ネットで復讐』をしているのだと思う💧







こういうことはインターネット上で、ものすごく増えていると思う。特に、コロナ不況の影響も。

でも、彼らもそろそろ気をつけた方がいいと思う。AIがもう少し発達したり、導入されたりすると、ネット上でやったことが簡単に弾き出されるようになっていくらしい。そうなると、警察沙汰になることもあるだろうし、就職先に事前に調べられることもありうる。







私も以前いたずらが過ぎる相手を報告してみたら、運営側からすぐに回答がきて『IPアドレスがわかったので、そのIPからはこちらのサイトは登録できないようにしました。』とのこと。

その速さに驚いたのです。AIなのか解析というのか、仕組みはよくわからないですが、ネット世界も一周回って「匿名だから分からないだろう」は通用しない時代になるのだと思う。







海外の方達が、ネットの中でも本名・自分の姿のアイコンでやり取りされているのは、私たち日本人にとっては「すごい勇気だなぁ👏」ということだったけれども、この国も、コソコソはできなくなってくるのだと思う。証拠が残るわけだから。

行動することや何かを発言するということは、失敗もするしリスクもあるし、たまに格好悪かったりもする。でも、それを『格好悪いよね』『勇気出してる人が、叩いていい人だよね』という空気は、思いっきり変だと思う。その風潮は、すぐにでも終わって欲しいと思う。


 
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